三十番地キリスト教会 第1談話室

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神さまはなぜ戦争や犯罪を放置しているんですか? - nabe

2010/01/20 (Wed) 00:27:45
*.ocn.ne.jp

 興味深く読ませて頂きました。人間の罪は、時間がたっても変わらないですね。でも、個人のレベルで、イエスのことを知ったということは、そこから一歩進める機会が与えられたことを意味するのかもしれません。

 あと、追記にある部分が印象的でした。ボンヘッファーはおそらく、後世の人々に批判される覚悟をもって、行動を起こしたのだと思いました。もともと、人間には限界があるし、その中でも平凡な多くの人は、批判される覚悟なしには、何もできないと思います。

そのためかもしれませんが、ぼくは未だに、イエスは全く罪の無かった方だったという部分には納得いかない部分があります。罪に苦しむことのない人が、その苦しみを理解することができるのかということです。イエスは、人の罪について、よく理解しているところを見ると、行動に起こすことは無かったにしても、心の中では、罪を犯していたと思います。律法は、実際に行ったかどうかが重要ですが、イエスの教えは、心の中に重きを置いています。兄弟を殺したいとおもえば、殺人罪だし、また、何を食べるか、着るかを気にするよりも、自分の命の方が大切だと言っています。これも、意識の中の世界であって、律法ばかり見ていた人たちは追究しなかった部分だと思います。このような洞察を、罪を知らない存在が、得ることはないだろうと思います。

あと、イエスは悪魔に試みを受けています。罪に通じる考えを、悪魔の言った言葉にしてしまえば、もちろん、行動に起こさない限り、それは悪魔の考えであって、自分の考えではなくなります。それによって、罪を犯すかどうかのハードルを調節しているのでしょうか。ちょっと、難しいですね。

あと、誤植があったので、報告しておきます。

>神は人間に自由を与えた
>善を犯すように強制されているのではなく、自由意志で自発的に善を選び取って、善を行なって欲しいということなのですね。そうでないと意味がないのです。

善を犯す->悪を犯す

Re: 神さまはなぜ戦争や犯罪を放置しているんですか? 牧師 Home

2010/01/20 (Wed) 22:16:58
*.infoweb.ne.jp

あ、すいません。
たぶん、これは「善を犯す」ではなくて、「善をなすように強制されているのではなく」という文脈だったのだと思います。
訂正しておきます。

Re: 神さまはなぜ戦争や犯罪を放置しているんですか? - ノンクリ

2010/01/20 (Wed) 22:47:43
*.dion.ne.jp

>イエスは全く罪の無かった方だったという部分には納得いかない部分

 あ、受洗されたクリスチャンの方でも、そう思われるんですね・・。ていうか、通常の常識でもって福音書に出てくるイエスについての記述を読めば、そう思うのが普通じゃないかなぁと?

 結構、わがままだったり、乱暴だったり、親不孝だったりする面があるし・・。

 逆に聞いてみたいのですが、受洗にあたってやっぱり、「イエスは真の神であり、人であり・・」云々を信じられないとダメなんですかね?
 その辺(真の神、真の人)はようわからんけど、キリスト教が世界とか人類に与えた良い影響というか、担ってきた役割とか文化を認めます、って立場じゃダメなんでしょうかね?

Re: 神さまはなぜ戦争や犯罪を放置しているんですか? - バニヤン

2010/01/20 (Wed) 23:15:56
*.bbtec.net

やはり人間界の問題は人間が自分で努力しなくては解決出来ないという事でしょうね。
「奇跡を願っても良いが、奇跡に頼ってはならない。」とか、「天は自ら助くる者を助ける。」などという言葉もありますね。
マザー・テレサも神の不在を感じていましたし、アインシュタインも宗教は人間が作ったものだ、と最後に手紙に書いています。
これは今まで生きてきた自分の経験ですが、どうにもならないものは、どうあがいてもどうにもならないですし、救ってくれる神とかはいないと思います。
慈愛に満ちた神がいたり、天国があればと願いますが、
認めたくない過酷な現実が存在すると思います。

Re: 神さまはなぜ戦争や犯罪を放置しているんですか? - nabe

2010/01/21 (Thu) 09:04:22
*.ocn.ne.jp

>ノンクリさん
>>イエスは全く罪の無かった方だったという部分には納得いかない部分

>あ、受洗されたクリスチャンの方でも、そう思われるんですね・・。ていうか、通常の常識でもって福音書に出てくるイエスについての記述を読めば、そう思うのが普通じゃないかなぁと?

もちろん、はじめからオフラインでは質問したことないのと、なんで、そのように、教会の人々が、どのような意味で言うか、ある理解はあります。しかし、それが、共通しているのか、それは確かめる方法があまりないのです。

>バニヤン

>これは今まで生きてきた自分の経験ですが、どうにもならないものは、どうあがいてもどうにもならないですし、救ってくれる神とかはいないと思います。
慈愛に満ちた神がいたり、天国があればと願いますが、認めたくない過酷な現実が存在すると思います。

そうですね、現実を客観視したら、色んな自分にとって、不都合なことが起こります。しかし、それは自分にとって不都合なことではあるけれども、それを認めない限り、進まない部分もあると思います。神様に信頼し、頼ることと、人として努力すること。これは、全く独立のことで、神様に全て押しつけるのでは、宝を埋めるような行為であり、それは良くないことだと思います。聖書にも書いてますよね。偽りの財産で、友を作りなさいとか。タラントとか、ミナの話とか。

あとは、5人の夫も、偽りの財産のようなものに、本質的には通じるものだと思います。

神様を信頼していると言って、何も行動を起こさなかったり、自分の問題をそれでもって、覆い隠そうとする人がいます。しかし、信頼する人に対してさえ、そんな態度はとらないものだと思います。愛は罪を覆い隠すとは言いますが、それを強要するとか、当然のことだと思うこととも違いますね。

多くのことで、実は一見すると、矛盾する両面があると思います。その片方しか見なくなる時、モラルが崩れることも少なくないと思います。救われたことしか見なくなったら、自分の罪を顧みることもなくなるかもしれません。

Re: 神さまはなぜ戦争や犯罪を放置しているんですか? - ノンクリ

2010/02/08 (Mon) 15:20:12
*.dion.ne.jp

 Q&Aにボンヘッファー牧師の話が出ていましたね。彼の行動はQ&Aでも説明されている通り、賛否両論分かれる微妙なところではあります。
 
 ただ、私としてはナチスドイツ、ヒトラーに関していえば、あまり意味がなかったように思えます。彼の決断に至る苦渋を否定しているわけでは決してないのですが・・。

 というのはヒトラーを抹殺し、ナチスを潰しても、おそらくは似たような別の人物・政党が現れ、似たような(ドイツは)結末を迎えたであろうと思われるからです。今でこそ、極右、人種差別政党とされるナチスですが、その主張は(ベルサイユ条約破棄、再軍備、対外排斥、強硬路線)別にオリジナルでもなんでもなく、当時(20年代、30年代)のドイツでは広く共有される考え方でしたから。

 実際、ナチスが政権を握る1933年の十年以上も前の1922年11月、すでにナチス同様の主張(ベルサイユ条約破棄、再軍備などの対外強硬、軍国路線)を掲げるクノー政権がワイマール共和国下のドイツで誕生してますし。

 ただ、クノー政権の場合、政権獲得2か月後に賠償金未払いを理由にしたフランス・ベルギーによるルール地方を占領に見舞われます。軍事力のほとんどない当時のドイツは抵抗できず、クノー政権はわずか10カ月であっけなく崩壊してしまいますが。ただ、この屈辱がドイツ有権者の対外強硬路線への傾斜に火をつけたことは間違いないでしょうね。

 よくSF小説なんかで、タイムマシンで過去に行き、歴史上の重要人物を抹殺して過去を変えようとする話がありますが、実際にやってみても、歴史って変わらないんじゃ?という気がするのです。似たような人物がどこからともなく現れて、結局は似たような結末に・・、という可能性が高そうな気がします。

 つまり、それこそが「神の御計画」というもので。そして、それは人間の目先の利害や道徳とは関係のない次元で起こっているもので、「正義(人間基準でいう)は必ず勝つ」といった類のものではないのだ、と思えます。
 人間にできることは、それこそ「信じること」とその場、その場で良かれと思ったことを全力を尽くして実行する以外にないのでしょう。

 その辺の不条理さとか無慈悲さを描いたのが旧約聖書の一見、理不尽、残虐極まりない物語の数々だと思うのですが、いかがでしょう。
 

Re: 神さまはなぜ戦争や犯罪を放置しているんですか? 牧師 Home

2010/02/08 (Mon) 19:28:09
203.140.72.82

そこで「神の計画」という言葉を使いたくないのが私なんです。

歴史の必然ということはあると思います。
ヒトラーが出なくても、似たような歴史をたどったことだろう、という考え方はできると思います。
それは「必然」であった、とは言えると思います。
そして、その必然は不条理で、無慈悲なんだと思います。

でも、それが結果的に神の意志だったんだ、というのは、どうなんかなあ……。
もっともどこまでが神の意志で、どこからは全く偶然なのかというのは誰にもわかりませんが、そういうこと以上に、結果論を「神の意志」というのは、好きではないんですよ。
それは、その不条理で無慈悲な出来事のなかで、命を奪われていった人びと、虐げられる人びとに対して、「お前に与えられた苦痛は神の意志なのだ」ということを言いたくないということなんですよね……。

Re: 神さまはなぜ戦争や犯罪を放置しているんですか? - ノンクリ

2010/02/08 (Mon) 23:13:37
*.dion.ne.jp

 確かに、こういう結果を「神の計画」というのはやりきれないし、実際に悲惨な目に遭った人々に対しては無神経極まりないか、とは私も思うのですが、一方でそうでも考えないことには説明がつかないしやってられない、とも思ったりします。

 あと、これまた誤解や反発を招きそうな考え方かもしれませんが、単純に一般国民は「哀れな被害者」で「悪い奴」「諸悪の根源」である人物(ヒトラーとか軍部とか)さえ「始末」すれば、物事がよくなるんだ、みたいな考えは、たとえ、相手がヒトラーでも賛同できなくて。もちろん、ボンヘッファー牧師がそんな単純な人物とは思いませんが、結果として、表に出ている行動としてはそういうことなわけで。
 
 単なる、人殺しはダメとかテロはいけないなんて、きれいごと、建前で反対しているのではなく、「正しいこと」とか何が「悪」なんて、誰がどうやって判断するの?大体、そんなもの時代と立場によって変わってしまうじゃないか?という疑問がつきないからです。
 

 ヒトラー&ナチスとか、日本の軍部を今の基準で、後付けで、ヒドイとか、国民は彼らのおかげでヒドい目に、と被害者として非難するのは簡単です。もちろん、実際、そういう人は多いでしょう。
 
 でも、一方でナチスとか、日本の軍部を熱狂的に支持したり、政権委譲したのも、これまた一般国民(とマスコミ)なんですよね。ヒトラーにしても、ワイマール憲法下でなんだかんだいっても国会で第1党となり、大統領指名で首相に、と合法的に政権獲得を果たしていますよね。

 日本軍部にしたって、1931年、陸軍の石原莞爾主導、それも独断専行で行われた満州事変が大成功。本来なら政府命令とは全く関係なく行われた暴挙で厳しく非難されて、関係者は処罰され、関東軍は撤退すべきところなのに(実際、石原莞爾氏は覚悟していたみたいですが)、マスコミや一般国民から英雄扱いされてしまったところが、軍部台頭、政治進出のそもそものきっかけですし・・。

 誰が悪いとか、誰が加害者、被害者を単純に分類できることではない、と思えるんですよね。
 第3者とか、今の時代の視点でみれば「極悪」のヒトラーにしたって、彼の「正義感」からすれば、「大ドイツ(第3帝国)」の建設、「ドイツを食い荒らす」ユダヤ人の追放、抹殺はそれこそ「神が与えたもうた祖国への奉仕」で、自分の何が「悪い」のか死ぬまで理解できなかったみたいですし。著作とか周囲の人々の証言を読んだ限りでは。
 私個人の感想としては、ヒトラーの怖いところは、彼がこういう「正義感溢れる」人物だったことだと思います。

 また、あまり誉めたくないんですが、ナチス政権獲得後、ドイツの失業率は大幅に改善。住民投票によるザール地方の奪還、歓喜力行団による海外旅行、レクリエーション、源泉徴収、アウトバーンなどなど、国民生活の改善の面でかなり業績を上げましたし、当時のドイツ人にとって屈辱であったベルサイユ体制からの脱却(再軍備)、を果たし、オリンピック開催と、もし、私が当時、非ユダヤ人で「アーリア系」のドイツ人だったら、ナチスをやっぱり支持してしまったかも・・。

 あれこれ、考えると、単に人殺しはよくない、ということだけではなく、何が「正義」なのか?何が「神の意志」なのかわからない、今は正しそうに思えたり、のちの時代では悪いことになるかもしれない・・、立場が変われば、こっちこそ「極悪人」かも??そんな「リスク」を犯してテロ行為なんて・・・というのが正直な感想です。

 もっとも、ボンヘッファー牧師がクリスチャンとか宗教家としての立場ではなく、一ドイツ人として、あくまで、個人的な政治的信条として、ナチスとかヒトラーは有害である、刑法的に犯罪かもしれないが、一命をとして排除せねば、と考えたのであれば、さほど疑問は感じない、むしろよくやった、とすら思ったりしますが・・。要するに彼の行動に「神」とか「キリスト教」が絡んでいるのかどうか?がすごく気になります。

 たとえ、ああいう状況でヒトラーが対象でも、テロとか暗殺行為に神とかキリスト教を絡めないでくれ、それじゃ、立場は違っても質的に米国前大統領とか、イスラム原理主義者あたりと変わらんでしょ、いうのが私の正直な感想です。
 

戦争・犯罪と神の計画。あとは脱線 - れお

2010/02/09 (Tue) 19:21:00
*.home.ne.jp

>イエスには全く罪がなかったのか?
あるようにも思えます。あったとしても、ちゃんと改心できるような人物だったのかな~なんて。

>戦争・犯罪と神のご計画について
「神の計画」(ちなみに「それは御心ではない・御心だ」や「それは神の与えた試練なんですよ」も)という言葉に非常に疑いを持っています。

本人がそれで納得するのであれば、それでいいのかもしれません。それでやりきれなさを乗り越えることが出来れば、それで良いとおもいます。

ただ、いつだったかもお話したことがあるように思いますが(そうそう、みんたた去年の9月「神の業がこの人に現れるためである」)、他人がどうこうは言えないのかな…と。

不条理なことは計画していないと…信じたいです。
・・・・・・・・・・・・・・・

なんて書いたところで、脱線してすみませんが、nabeさんがおっしゃっていた

>神様を信頼していると言って、何も行動を起こさなかったり、自分の問題をそれでもって、覆い隠そうとする人がいます。しかし、信頼する人に対してさえ、そんな態度はとらないものだと思います。愛は罪を覆い隠すとは言いますが、それを強要するとか、当然のことだと思うこととも違いますね。


この箇所は13ヶ月ずーっと引っかかっており、今でも引っかかっているのですが、あんまりこういうのも他人は言わない方がいいのかなあとか結構悩んでます。「これは止めなきゃ!」と思って注意するのがいいのか、「その人にはその人の信じ方がある」からと放置しておくことが良いのか…。知らんフリが良いのかどうか…。放置した結果、悪い方になりまして…。まあ神がどうこうと言うつもりはなかったのですが、何か注意したほうがよかったと思うときもあり…。

「信じ方が違う(大半が「行動しないとダメ」と考えるのか、「思うだけで良い」んだなのか…でしたけど)」というのはどう考えればいいのかと悩んだ一年でありました…。

以上脱線でした…すみません。

のっかりですみません にじは

2010/02/09 (Tue) 03:34:38
*.ucom.ne.jp

はじめまして。
私も初心者なのですが、ヤマさんの様な疑問を持ったことがあったので思わず書き込んでしまいました。
私が謎だったのは「イエス様はユダを弟子にした時は彼が後に裏切ることになるのを知っていたのか」です。
私だったら(この人を弟子にしたら十字架か..)と思うと弟子にしたくないよな~と思っちゃいます。
(イエス様の心と私の気持ちを同列に考えているこの時点でおかしいのですが)
でも十字架への道は御心だと思えば、承知の上で弟子にされたのか?どんな気持ちでユダと毎日
生活してたのかな?なんてどうでもいいような事を想像してしまいます。
「重要な弟子」良い言葉ですね。「生まれてこないほうが良かった」なんて言われちゃってますが
そういう意味では彼は意味があって産まれて来たんですよね。

初心者です。 - ヤマ

2010/02/07 (Sun) 23:37:23
*.ocn.ne.jp

聖書を読んでいて最大の不思議点があります。ユダはイエス
様を裏切りますがイエス様は、たくさんの奇跡を起こしたり
多くの人を癒したのに、最もまじかにいたユダの心に なぜ
邪悪な心が生まれたのか?又イエス様が処刑される時、弟子達は なぜ知らんふりしたのだろう?イエス様と実際に合った事もない日本の昔の隠れキリシタン達でも自らの命をなげうつ人達もいたのに?それも天のお父様が考えて計画された事だからなんでしょうか?

Re: 初心者です。 牧師 Home

2010/02/08 (Mon) 19:20:58
203.140.72.82

ヤマさん、ふたたびこんにちわ。
前回のお答えは、いかがでしたか?
お役に立てたでしょうか。

さて、今回のご質問ですが、なぜユダがイエスを売ろうという気持ちを起こしたのか。
イエスは、人の心をコントロールすることはなかったのでしょう。
たとえば、ユダに限らず、彼の周囲には、彼に敵意を抱く律法学者やファリサイ派の人たちがいました。
イエスが人を癒しても、それらの人びとはイエスへの敵意を増幅させるだけでした。
ですから、イエスは人の心を操作はしなかったのです。

ユダが邪悪な心の持ち主であったかについては、最近論議が起こっています。
『ユダの福音書』によれば、ユダこそがイエスの真意を知っており、イエスを官憲に売ったのも、イエスの意志であったということが言われています。
それによれば、ユダは邪悪なのではなく、イエスの十字架を実現した重要な弟子であったということになります。

イエスが処刑されるとき、なぜ弟子たちは逃亡したのか。
怖かったからでしょう。

すべて神さまのご計画であったと考えることもできるし、全くの偶然であると考えることもできます。
それが神の計画であるとしても、何を狙ってのことかは私にはわかりません。
神の計画という言葉で片付けると、どんな不条理で残虐で非道なことも、それでよしとされてしまう傾向があるような気がしますので、私は神の計画だというのは好みませんが。

Re: 初心者です。 - ヤマ

2010/02/08 (Mon) 23:18:18
*.ocn.ne.jp

なるほど、ユダも重要な弟子だったんですね、イエス様は
人の考えている事は判っても、あえて心を操作しなかった
んですね。私は まだ新約聖書しか読めていませんが旧約
聖書も読んでみようと思います。旧約は難しそうですが
頑張ります。今後も宜しくお願いいたします。

みんたた2月「バベルの塔」 牧師 Home

2010/02/02 (Tue) 01:18:35
*.infoweb.ne.jp

ノンクリさんのリクエスト(?)により、2010年2月のテーマは、創世記11章1~9節とします。


創世記11章1~9節(新共同訳)

1 世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。
2 東の方から移動してきた人々は、シンアルの地に平野を見つけ、そこに住み着いた。
3 彼らは、「れんがを作り、それをよく焼こう」と話し合った。石の代わりにれんがを、しっくいの代わりにアスファルトを用いた。
4 彼らは、「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」と言った。
5 主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、
6 言われた。
「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。
7 我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。」
8 主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。
9 こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、そこから彼らを全地に散らされたからである。


以上、みなさん、どうぞたたいてください。

Re: みんたた2月「バベルの塔」 牧師 Home

2010/02/02 (Tue) 01:20:14
*.infoweb.ne.jp

とりあえず、ノンクリさんの最初のコメントを、ここにコピペしておきますね。

*****
 創世記でしたら、最近、個人的に興味あるのは11章のバベルの塔の話でして。ここ数年来の世界的なバブル景気とその崩壊、特にドバイの状況とその象徴ともいうべき世界一の高層ビル「ブルジュ・ハリファ」なんかをみるにつけ、あれは何かしらの史実を物語っているのではないか?と。ドバイも中東だし・・(強引?)

 ドバイといえばリーマン・ショック以前は世界中の投機マネーが集まり、夢を求めて労働者が殺到した街ですが、リーマンショックとともにあっけなく、景気後退。支払いが滞り工事の止まった建設現場があちこち続出。

 今年、1月4日に資金難から予定より1年以上も遅れて、世界一の超高層ビル「ブルジュ・ハリファ」(高さ800m!)がオープンしたものの、当初予定の価格では入居者、買い手がつかず、すでに中国資本が当初予定の半値で買いあさっている、という有様。まさに、「バベルの塔」ならぬ「バブルの塔」。さらに、もしも資金難により手抜き工事、保守不足による劣化などがあったら、旧約の「バベルの塔」そのまんまになりかねないよなぁ。
 旧約聖書の時代にもこれに類する実話があったのかなぁ?なんて愚考したものでした。
*****

バベルの塔 - 爽歌―Sayaka

2010/02/03 (Wed) 22:54:19
*.docomo.ne.jp

ここ読んでも…裁きしか感じないんですよね。
神を越えようとする人間への裁きと戒めでしょうか。
確かに人間には神を忘れ神を越えようとする奢りがありますので
こういう戒めは必要なんだと思います。

北海教区は社会派の教会が大多数ですので
バベルの塔の物語をひいて
多様性の豊さ
をとく説教をする牧師もいらっしゃいますが
なんか無理な解釈かもしれません。
結論には賛成ですが。

Re: みんたた2月「バベルの塔」 牧師 Home

2010/02/03 (Wed) 23:30:25
*.infoweb.ne.jp

ぼくはここを読むと、建築と権力の関係といったものを連想します。
以前、会社勤めをしていたとき、主にお客さんが建築関係だったので、誰が本当にお金と権力を持っているのか、ということをよく考えたんです。

歴史をさかのぼっても、古墳を作った人たちとか、都の整備とか、寺院の建築とか、城を築くとか、高層ビルとか、権力を持つ人たちは、その権力の象徴として規模の大きな建築物を作りますよね。逆にその建築物を見れば、その時代に誰が力を持っていたかがわかります。

よくバベルの塔の「バベル」というのは「バビロン」つまり、紀元前6世紀の新バビロニア帝国のことを指しているのだ、と解釈され、それによって、バビロニアで当時最大の建築であったジグラット(またはジッグラト)という巨大神殿をモデルにしているのだ、と言われます。
もしその解釈が当たっているとしたら、バビロン捕囚で連れて行かれたユダヤ人たちが、異教の神の神殿、それも天に少しでも近づくようにと建てられた当時としては高層の建築物の建設労働にかり出されて、苦痛と屈辱をなめた記憶の反映という風にも読めますね。

Re: みんたた2月「バベルの塔」 - 毛利

2010/02/05 (Fri) 00:04:11
*.ocn.ne.jp

> もしその解釈が当たっているとしたら、バビロン捕囚で連れて行かれたユダヤ人たちが、異教の神の神殿、それも天に少しでも近づくようにと建てられた当時としては高層の建築物の建設労働にかり出されて、苦痛と屈辱をなめた記憶の反映という風にも読めますね。

うーーん、ちょっと混乱してきました。バビロン捕囚で連れていかれたユダヤ人がバビロニア帝国の為に働かされた、で、その時の苦しみをベースにバベルの塔の話が登場した、ということでしょうか。だとすると、どうして「ユダヤ人達」が様々な言葉を話すようになって、言わば神から処罰されたと言う話になるのでしょう・・・。

それとも、様々な言葉を話すようになったのはユダヤ人ではなくて、他の人達のことを指していますか?

何か、私は、重要な手がかりを読み落としている感じがしていますね・・・。

Re: みんたた2月「バベルの塔」 牧師 Home

2010/02/05 (Fri) 01:23:26
*.infoweb.ne.jp

完全に自信がある意見ではないのですが、少なくともこの物語は、ユダヤ人が罰せられたという物語とは限らないのではないかと思います。

ただ、世界を同一の言語で統一しようとしてた帝国を、神が阻止して多言語にしてしまったという物語を通して、神は、人が同じ言語を話し、神に達しようとすることを望んではおられないのだ、ということが言いたかったのではないか、と。

イスラエルの北王国を滅ぼしたアッシリア(だったかな(笑))と、南王国を滅ぼしたバビロニアでは、イスラエル人に対する扱いが違っていたといいます。
先に滅ぼされた北の人びとは、異民族と強制的に婚姻させられて、民族のアイデンティティを失ってしまったようなんです(それが後にサマリア人となる)。

でも、南のユダ人(ユダヤ人)たちは、もちろんバビロニアの政策による幸運もあったのかも知れませんが、ユダヤ人としてのアイデンティティは保ち続けるんです。
彼らは「神殿」という、それまでの彼らの宗教的/民族的アイデンティティの「場所としての」よりどころ(トポスって言うんですかね?)は失ってしまう。そこで、「持ち歩ける神殿」としての「聖書」という方法を編み出してゆくんです。
そして、自分たちの神話、律法、そして何よりそれらを形成してる言語を保存してゆくことで、アイデンティティを保っていった。
それが、後世にいたるまで、固有の国家を失っても彼らが民族的アイデンティティを失わずに保った理由だ、ということらしいのです。

そういうことと、これまでの歴史の中で、征服者が先住民を支配する際に、言葉を奪う、少なくとも征服者の言語を強制するという方法をとったことが多かったのではないかと考えると、このバベルの塔(バビロンの塔)の物語における、言語の問題を読み解く鍵があるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

Re: みんたた2月「バベルの塔」 - トマス Home

2010/02/05 (Fri) 20:22:48
*.aol.com

>ユダヤ民族が処罰された
と読む必要は無いと思いますねぇ。
>様々な言葉を話すようになったのは他の人達
こっちの方が無理がないと思いますね。つまり、ジグラットの建設という記憶が底辺にあるとしたら、むしろバーラルされることによって支配者たちがヘブル語を理解出来無くされた、という事になるような気がします。
もっともそれを言い出せば、ジグラットの建設時にはすでに様々な言語に分かれているのを征服者の言語でコキ使ったわけですから、私はこの物語というのはシンプルに考えていいと思いますねぇ。つまり世界は多言語である、という事柄についての単純な原因譚と見ていいような気がするのですが、違うかなぁ。

>これまでの歴史の中で…
それはアリだと思いますね。
すぐ上で単純な原因譚といっておきながらナニですが、そういう方向でなら読み込む甲斐があるだろうなぁ。

Re: みんたた2月「バベルの塔」 - 毛利

2010/02/05 (Fri) 23:53:36
*.ocn.ne.jp

歴史的なことが疎いのですが、イスラエルが南北に分裂したのはソロモンの後ではなかったでしたっけ?

創世記の一部に含まれている話が、そんな先のことを述べていた、と言うかソロモン時代の物語を創世記に挿入する、なんてことがあるのかなと思いましたが、もしかしてイスラエルは何度も分裂しているのでしたっけ?

Re: みんたた2月「バベルの塔」 - ノンクリ

2010/02/06 (Sat) 09:00:27
*.dion.ne.jp

 言いだしっぺのくせになんですが、私、このエピソードって、神が人間の調子コキに制裁をってことと、言葉が国、民族によって違うって本当に不便だよね~、程度の至って通俗的な解釈しかできなかったです。皆さん、よくいろいろと思考の幅が広げられるものだ、と感心する次第です。

 私が印象的なのは(新共同訳が正しければ)、あの時代、すでにアスファルトとかレンガなんてあったんですね、ってことと、4節の「さあ、天まで届く塔のある街を建て、有名になろう・・」のフレーズ。

 実は父が仕事で中東方面に関わったことがあるのですが、あちらの(といってもいろいろな国がありますが)人々って「世界一」とか「世界初」のフレーズが大好きなんですよね。実際、バブル景気であぶく銭を手にすると、早速、「世界一」の高層ビルを建てだしましたし・・。そのメンタリティってこの時代からあったんかな?と思う次第。

 もっとも、私の場合、「バベルの塔」と聞いて思い出すのは横山光輝氏のマンガ・アニメの「バビル二世」だったりするんですが。今でもこの個所を読むと「す~なの嵐にかくさ~れた~」の主題歌のフレーズとかロデム、ロプロス、ポセイドンを思い出したり、目に浮かんできたりします。
 
 すみません、全然、話に入ってなくて・・。

Re: みんたた2月「バベルの塔」 牧師 Home

2010/02/06 (Sat) 11:56:14
*.infoweb.ne.jp

>毛利さん

創世記に収められている物語は、設定としては天地の始まりとされていますけれども、その物語が編集され、書物としての形を取り出したのは、バビロン捕囚の頃以降です。

たとえば、古事記や日本書紀などの日本神話も、天地創造的な物語が収められていますが、書物として完成したのは8世紀ごろですよね。
物語自体は5~6世紀ごろできあがってきたようです。
それは、その頃の社会状況が(あるいは支配者が)、そのような物語で人々を教化する必要があったから、そのような物語が作られた、ということなのだと思います。

>ノンクリさん

いやー、なつかしいです。「バビル2世」
私も今でも主題歌が頭に浮かびます。
でも、今の生徒には全然通じないので、話題にはしていませんが。通じる世代があるというのが、うれしいですよね。

国、民族によって、言葉が違うって不便だよねー、という疑問が基本にあって、こういう物語が作られているんだと思うんです。
たとえば子どもなんかが、「なんで世界中が日本語使ってないのん? 不便やわあ」とよく言います。
でも、、そういう発想で日本だって他民族に日本語を強制してきた歴史があるわけじゃないですか。
そういう疑問に対して、世の中の現実を踏まえながら、でも子どもにでもわかるように伝えようとした結果、こういう物語ができてきたんじゃないかな、と思うんですが、いかがでしょうか。

Re: みんたた2月「バベルの塔」 - れお

2010/02/06 (Sat) 12:30:12
*.home.ne.jp

最近ご無沙汰してます。
トマスさんの
>つまり世界は多言語である、という事柄についての単純な原因譚と見ていいような気がするのですが、違うかなぁ。
に共感でして、この箇所読んでてあれこれ出てこなくって…。

あと、ここを読んでて何気なく思い出したことは、寺田寅彦の「天災と国防」に書いてあったことでした。ぼーんやりと似てるな~と思ったまでですけどね。

Re: みんたた2月「バベルの塔」 - ノンクリ

2010/02/06 (Sat) 13:10:09
*.dion.ne.jp

 あと、最近のトヨタ自動車のアクセルペダルの不具合、急発進をめぐる大規模リコール騒ぎを思い出しますね、バベルの塔の話を聞くと。
 世界一の自動車メーカーにのし上がった、と思ったら、この有様、それも、アクセルペダルの欠陥なんて、クルマとしてもっとも基本的な部分でコケるのですから・・。
 
 ミスは致し方ないにしても、それを率直に、早めに報告・公表せず、対応が後手後手で傷を広げているのが、またなんとも・・。

 かくいう私も、一応工事業の端くれ、慢心(慣れによる油断や思いあがり)による災いには十分注意しなくてはならない立場です。高所作業なんかもあるし・・。
 あと、こういった現場での安全で重要なのは、作業員、関係者同士の声の掛け合いですが、言葉の問題があったり、コミュニケーションが不十分だったりしますと、それができず、やはり問題で、それは旧約時代の建設現場でも同じなんですね、当たり前ですけど。

 建設、工事業界は神棚を祭ってある場合が多く、安全祈願は神道頼りですが、こうしてみると、キリスト教(ユダヤ、イスラムも)も結構、建設、工事、製造業向きの、安全訓話に類するお話があるものですね。
 なんといっても、イエスの「前職」も工事・建設業者だし・・・。

Re: みんたた2月「バベルの塔」 - トマス Home

2010/02/06 (Sat) 16:45:50
*.aol.com

>横山光輝の「バビル二世」
私もその世代…。実家の本棚を掻き回したら今でも出てくるんじゃないかなぁ。

>アスファルトとレンガ
ウロ覚えなんですけど、アスファルトとレンガというのはバビロニアの建材だそうで、パレスチナでは石が主な建材らしいですね。漆喰もそうなのかな。そういう意味では、この物語はバビロニアでの民族的な記憶をなにがしか反映している可能性はやはりあるのでしょうね。

Re: みんたた2月「バベルの塔」 - 毛利

2010/02/07 (Sun) 00:29:29
*.ocn.ne.jp

> 創世記に収められている物語は、設定としては天地の始まりとされていますけれども、その物語が編集され、書物としての形を取り出したのは、バビロン捕囚の頃以降です。

なるほど、ならば納得です。初期の頃の聖書は創世記と出エジプトだけしかなかったのかと思っていたもので。

Re: みんたた2月「バベルの塔」 牧師 Home

2010/02/07 (Sun) 21:05:22
*.infoweb.ne.jp

なるほどねえ……

バベルの塔も、安全訓話として読めない事もないんですねえ。
だから言葉は大事なんだぞ、コミュニケーションが大事なんだ、みたいな。

なるほど……

Re: みんたた2月「バベルの塔」 - hotaro

2010/02/08 (Mon) 22:00:44
*.bbtec.net

「バベルの塔」で、私が思い起こすのは、何といっても 9・11事件です.世界貿易センターの超高層を含む 3棟のビルが灰塵と化しましたし、あらゆる言葉が通用しなくなって、むき出しの敵意と戦争が、今も続いています。創世記は、本当にリアルな物語だと思います。

迷惑メール再開 牧師 Home

2010/02/04 (Thu) 17:49:17
203.140.72.82

日本キリスト教団北海教区の牧師で、ずいぶん何度も私に誹謗中傷メールを送り続けていた人がいます。
私が、その人は日本キリスト教団北海教区の所属ですよと公表した時点で、ぴたりと止まったので、安心していたのですが、あれから数ヶ月が経って、ほとぼりが冷めたとでもお思いになったのでしょうか、またけんか腰のメールが送られてきました。

以前からこの談話室を閲覧しておられる方ならご記憶かも知れませんが「キノコ」というハンドルネームでここを荒らしていた女性です。

私はもう二度とこの人からのメールは受け取りたくありません。たとえ穏やかなメールの内容であったとしてもです。
「キノコ」さん、もしあなたが今度私にメールを送りつけたら、あるいはこの談話室に書き込みをしたら、私はあなたの教会名と名前を公表します。

それでもよろしければ、どうぞ。

なんというか… - 爽歌―Sayaka

2010/02/05 (Fri) 18:23:39
*.docomo.ne.jp

北海教区の牧師でそんなことをなさる方がいらっしゃるとは正直思いませんでした。
ある程度、多様性を認めるところがあるのが北海教区だと思ってましたので…
正直ショックです。
その「キノコ」さんの書き込みこの掲示板に残ってますか?

あぁ、キノコ氏 - トマス Home

2010/02/05 (Fri) 20:35:17
*.aol.com

憶えてますよぉ。よぉく憶えてます。
議論の最中に連想ゲームみたいに話がアッチコッチ飛ぶから途中でナニの議論しているのか判らなくなって難儀しましたよ。
また現れたんですね。かなんなぁ。
ここも見ているのかな?かもしれないから私からも最後の一言を。
何処で誰と議論されてもいいですから、帰納と演繹の違いを無視しないでくださいね。今だから言いますけど、私がいよいよこの人とは議論出来ないな、と思ったのは帰納と演繹の違いを無視された時でした。


>爽歌―Sayaka さん
以前の議論は随分と前のことですから、この掲示板の古いところを見ても残ってないと思います(確認したけど残っていません)。議論をしたのはこの第1談話室で間違いないですが(あるいは移転前の第1談話室かも)。
>多様性
私はむしろ多様性を認める北海教区だからキノコ氏が牧師として仕事出来るのかな、と思います。

Re: 迷惑メール再開 牧師 Home

2010/02/06 (Sat) 11:45:46
*.infoweb.ne.jp

ぎゃっはっはっは! トマスさん、まさにそのとおりですよ。

>私はむしろ多様性を認める北海教区だからキノコ氏が牧師として仕事出来るのかな

キノコの発言はだいぶ前なので、残ってないでしょうね。
でも、彼女からの嫌がらせメールは、ちゃんと保存していますので、何か問題が表面化した時には、証拠として出せます。

今回ぼくのところに来たメールは、もちろんこの掲示板でのある人の発言と、ぼくの対応に文句をつけるもので、今度は「キリストを信じるのか、信じないのか」極端な二元論的思考を強制するものでした。
カルト的思考というか、非常に危険なものを感じました。

Re: 迷惑メール再開 - ノンクリ

2010/02/06 (Sat) 13:25:40
*.dion.ne.jp

 はあ、あの方、女性牧師だったんですか。それは意外な。文面では全く想像つきませんでした・・。
 それにしても、誰もが感じる疑問でしょうが、どうして、嫌いで、考えも合わない、利害関係もない人間のBBSをこんなに熱心にウォッチしているんでしょうね?
 何やら、ストーカーじみてますね。

 でも、意地悪(クリスチャン全般に対して)な感想かもしれないけど、クリスチャンとか神仏を信じる人間は、三次元思考、人がみていなくても神の目を意識しているから、とか「恥の文化」ではなく「罪の文化」とかいいますが、どうも、あまり関係ないような・・。
 
 神の目があろうが、なかろうが、悪意のある行動をする人はするし、しない人はしない、人間の善悪に信仰心はあんまり関係ないのかもな、と思ったりするのでした。

なぜ、こんなに過剰反応をされるのだろうか? - 伊丹美貴

2010/02/06 (Sat) 13:29:01
*.bbexcite.jp

管理人様、あなたも含めて上の世代の肉食系牧師たちは、さんざんギャンギャンとさらに上の世代に噛みついて、反抗をしたのに、なぜ下の世代の牧師には管理教育をほどこし、草食系牧師であることに甘んじさせて、何か一言物を申し上げたり、反抗をすれば、そう頭ごなしに押さえつけるのでしょうか?
納得いたしかねます。

誹謗中傷メールと申されますが、そのメールの内容を記事として書かれたり、ワンフレーズをちゃっかり取ってたのは管理人様ですね。

わたしも言いたいことを言いたい放題書きすぎたと思い反省はしておりますが、わたしもあの当時仕事上の問題を抱えて心が不安定になっており、あなたの側にも物事の受け取り方に問題があったということも考慮に入れて下されば幸いです。

旭川六条教会の西岡昌一郎先生より、「僕も若い頃はあちこちずいぶん噛みついた。先輩と後輩で仲良くケンカしてください。ただし、文章だけのやりとりは、自分の思うとおりに相手につたわらず、誤解が生じやすくなるので直接会って話した方がいいと思います。」とのことでした。


それと、わたしは、管理人様に二元論を強制したのではなく、ぶれているとご指摘申し上げたのです。神学校の先生がうちの教会で講演をされたとき、「信仰にぶれがあってはならない。」ということでしたし、わたしもそれには賛成です。

二元論ならば、善人、悪人という管理人様の単純な人間の見分け方にも入っているではないですか。

それについては、良い人、悪い人というものは、往々にして、頭に「都合が」とつくものだと反論をいたしました。

なぜ、こんなに過剰反応をされて、大事にされるのかが理解できません。
こんなつまらないことで、大立ち回りをしなければいけないのでしょうか?


Re: 迷惑メール再開 - 伊丹美貴

2010/02/06 (Sat) 14:06:36
*.bbexcite.jp

現香里ヶ岡教会担任教師の富田先生と派遣神学生だった伊丹さんのケンカに、教区も教会も巻き込まなくちゃいけないんでしょうか?
北海教区も暇じゃないんですよ。
いい加減にしてくださいね。富田先生

相手はたかが後輩の伊丹さんです。頭冷やして下さい。

Re: 迷惑メール再開 牧師 Home

2010/02/06 (Sat) 14:19:48
*.infoweb.ne.jp

あらら、実名でご登場されましたか。

まったく西岡先生のお言葉通りです。
またいつかお会いしてお話できれば、わだかまりもすっきり取れて、楽しい先輩後輩になれるかも知れませんね。
そんな日が来ることを願います。
いや、本当に「直接会って話したほうがいいなあ」、と思わないでもなかったんですよ。

仕事上のことで不安定だったことで、ここの掲示板を荒らし、多くの人の心を傷つけたことを正当化するなら、あなたは私に「頭を冷やせ」なんて言う資格はありませんよ。

あ、それから、私、香里ヶ丘教会の担任教師ではありません。
大阪教区の教務教師なんで、担任は持ってないんです。

では、今度直接お会いする時まで、ネットでのやりとりはお断りです。
こちらの掲示板にも立ち入りを遠慮願います。
さようなら。

ナミビアのベーシック・インカム - kyunkyun Home

2010/02/05 (Fri) 17:05:53
*.ocn.ne.jp

こんにちは。
牧師館のブログの方で、ナミビアで行われたベーシック・インカムのパイロットプロジェクトの紹介させて頂きましたが、このプロジェクトことが海外のニュースで、
“Bishop says basic income in Namibia is like Jesus feeding 5000”
というタイトルで紹介されていました。

~Bishop says basic income in Namibia is like Jesus feeding 5000~
http://www.eni.ch/featured/article.php?id=2807

“Jesus” という言葉があるので、聖書のどこかの箇所も引用してあるのかなぁ・・・ とも思うのですが、英文の記事なのでよく分かりません。。。
どなたか分かる方、訳して頂けると、とてもうれしいです。
“German churches” という単語もあるので、ドイツの教会との関わりについても、何か書いてあるのでしょうか?

初心者クリスチャンです - ヤマ

2010/02/02 (Tue) 23:05:22
*.ocn.ne.jp

 こんばんは、私は疑問な点があります。それはイエス様
は何故イスラエルの地に生まれられ何故ユダヤ教、どうして
我々アジアの地ではなかったのか?仏教の僧侶はダメな人も
いるけど真面目に誠実な人もいる、その人達の生き方って
イエス様を信じてないという事はクリスチャンから見れば
間違った生き方なのでしょうか?お教え下さい。

Re: 初心者クリスチャンです 牧師 Home

2010/02/03 (Wed) 18:26:24
203.140.72.82

ようこそいらっしゃいました、ヤマさん。ご質問をありがとうございます。

クリスチャンと一言に申しましても、教派、教団によって、ものすごい考え方の隔たりがありますので、ここでお答えする事がキリスト教全体の意見の代表のように受け取られては困るのですが、一応、このiChurch.meでのお答えをしておきますね。

イエスがなぜイスラエルのユダヤ人として生まれたのか、それは偶然です。
なぜ私は日本に生まれたのだろうというのと同じくらいの偶然です。

仏教の僧侶には真面目な人もいるし、誠実な方もおられます。
また特に特定の宗教の信徒ではなくても、いい人はたくさんおられます。
イエスを信じていないからといって、それが間違った生き方であるとは言ってはならないと思います。

いかがでしょうか。

明日から 牧師 Home

2010/01/25 (Mon) 10:30:29
203.140.72.82

日曜日の夜まで、出張でいません。
修学旅行の付き添いです。今年からオーストラリアのシドニーに行くことになりました。
南半球に行くのは初めてです。向こうは真夏ですね。日焼けして帰ってくるかも知れません。
ていうか、日本に帰ってあまりの寒さに風邪引くかも知れません。
向こうで書き込みができるかわかりませんので、とりあえずさようならです。

Re: 明日から - 爽歌-Sayaka

2010/01/25 (Mon) 19:01:11
*.docomo.ne.jp

今時の私立高校の修学旅行は海外なんですね。

私も十年も昔じゃありませんが北海道の田舎の公立高校だったので修学旅行は東京・奈良・京都でした。

いってらっしゃませ。

Re: 明日から - 毛利

2010/01/25 (Mon) 19:57:56
*.ocn.ne.jp

気をつけて行ってきて下さい。iPhoneがあれば、ホテルでWi-Fi接続して書き込みが出来るはずです、きっと・・・。

Re: 明日から 牧師 Home

2010/01/25 (Mon) 20:58:29
*.infoweb.ne.jp

ぼく、自宅以外でWi-Fiやったことないんですよ……あ、それはウソかな? 心斎橋のマクドナルドでつないだかな。
ホテルのWi-Fiって暗証番号とかいらないんですかね?

ぼくも修学旅行は国内でした。けど、高校のときどこに行ったか忘れました。
旧友は憶えてくれていると思うんですが(笑)。

うちの学校は昨年までハワイだったんですけど、2001年の時は同時多発テロがあって、急遽行き先を九州に変えました。
長崎で、活水高校で礼拝やって、被爆体験談聴いて、活水の生徒さんたちに市内の被爆遺構を案内してもらったのが懐かしいです。こういう時だからこそ平和教育やろう、と志持って行ったんですよ。

Re: 明日から - 毛利

2010/01/26 (Tue) 01:23:54
*.ocn.ne.jp

> ホテルのWi-Fiって暗証番号とかいらないんですかね?

分からないです、私もホテルでつないだことがないので。

くれぐれもiPhoneの3G回線でローミングしないで下さいね。莫大な通信費がかかるそうです。

Re: 明日から 牧師 Home

2010/01/26 (Tue) 10:16:05
*.infoweb.ne.jp

富田@荷造り中♪です。

え? 3Gでつないだらあかんのですか。3Gがあるから日本とも問題なくつながるだろうと思っていましたが(笑)。
そうですよね。じゃあ、電話は緊急事態でないと駄目ですね。
Wi-Fiじゃ電話できないですもんね。

Re: 明日から - 毛利

2010/01/26 (Tue) 12:08:11
*.ocn.ne.jp

ホテルの室内での緊急事態ならホテルの電話を使うのが一番安いですが、Wi-FiがあればSkyppeで通話するという手もあります。

Wi-Fiも固定電話もない場合はiPhoneしかありませんが。

Re: 明日から - トマス Home

2010/01/27 (Wed) 12:14:38
*.aol.com

今頃はもうハワイでしょうか。

御無事のお帰りを
生徒さん達にとって楽しい思い出の詰まった修学旅行になりますように


>憶えてない修学旅行
関西からだとパッと思いつくのはこれかな?
 ・広島日帰りで原爆資料館見学
 ・日帰りで志摩スペイン村に遊ぶ
 ・スキー場で缶詰(脱走防止のため・笑)
    一時期このスキー修学旅行って流行りましたけど、今はどうなんだろ。
    これ、引率は楽なんですよね。連れて行くだけでいいから。

引率で北海道(南西部のみ)行ったことあります。函館も札幌もいいけど、小樽にまた行きたいなぁ。引率教員示し合わせて有名な寿司屋に入ったら、生徒たちが先回りしていて、しかも教師より上等のものを注文していた。なんてのも今となっては楽しい思い出。

Re: 明日から 旧友 Home

2010/01/27 (Wed) 21:54:24
*.megaegg.ne.jp

>憶えてない修学旅行
関西からだとパッと思いつくのはこれかな?
 ・広島日帰りで原爆資料館見学
 ・日帰りで志摩スペイン村に遊ぶ
 ・スキー場で缶詰(脱走防止のため・笑)

正解は3番です。長野あたりだったと思います。
宿を抜け出してよその女子校の宿へ遊びに行き
(もちろん夜中)
往復ビンタの上、雪山ダッシュの刑になった
ヤツが2名いました。

Re: 明日から - トマス Home

2010/01/28 (Thu) 13:00:51
*.aol.com

>往復ビンタの上、雪山ダッシュの刑
理由はどうあれ、今これをやったら間違いなくクビですね~。
スキー場から脱走できなくても宿からちゃんと脱走するというのもなかなか気合い入っていますな。

3番が正解でしたか。
ネタ明かしをしておくと、
新幹線利用で1番をやっていた神戸の高校を知っております。2番は修学旅行と言うよりも遠足パターンですね。あ、我々の世代だとまだ志摩スペイン村なんてなかったですね。

Re: 明日から 牧師 Home

2010/01/28 (Thu) 18:13:41
*.panda-world.ne.jp

富田@シドニー in オーストラリアです。
旧友くんありがとう。トマスさん、ハワイじゃないです。

シドニーは治安はいいし、人もフレンドリーだし、いいですわ。フレンドリーといっても、アメリカみたいな上機嫌じゃなくて、なんというか和やかな癒し系かな。

海外にいても、スティーヴジョブズの、Apple新製品iPadの発表に「おおー!」と興奮してる富田でした。
でも、買うお金がもうないよ。

Re: 明日から - 毛利

2010/01/28 (Thu) 20:49:32
*.ocn.ne.jp

お疲れさまです。

昨夜(今朝?)は、Jobsの発表をリアルタイムで入手しようと色々と動き回り、殆ど徹夜になりました。

iPadが、どのようなスタイルのサービスを提供できるのか非常に楽しみですが、第一世代は様子見もあるので、見送ろうかと思っています。

でも、現物を見てしまうと、大きく気が変わるかもしれないですが。

Re: 明日から - ハルナ

2010/01/28 (Thu) 22:34:22
*.bbtec.net

>長崎で、活水高校で礼拝やって、被爆体験談聴いて、活水の生徒さんたちに市内の被爆遺構を案内してもらったのが懐かしいです。こういう時だからこそ平和教育やろう、と志持って行ったんですよ。

そうでしたねー。
あのときはご一緒できて楽しゅうございました。
シドニー楽しんでおられるようで何よりデス♪
ではよい旅を~。


Re: 明日から - トマス Home

2010/01/28 (Thu) 23:06:05
*.aol.com

>オーストラリア
そういやそうだった。何を勘違いしてたんでしょうね(笑)

Re: 明日から 牧師 Home

2010/01/29 (Fri) 22:17:29
*.panda-world.ne.jp

今日は顔くらい広くてぶ厚いステーキ食べました。
生徒たちも、牧羊犬の羊の追込みを見たり、毛を刈る所をみたり、楽しそうでした。

「やっとオーストラリアらしいところを見た」と言ってる生徒もいて、それもある種の偏見だよと思ったけど、シドニー市内は、それくらい日本の都会と変わらないムードです。
車が左通行というのもあると思いました。

Re: 明日から - ノンクリ

2010/01/30 (Sat) 13:54:51
*.dion.ne.jp

 オーストラリアは去年の今頃行きました。行き先はブリスベン、ゴールドコーストでした。

>「やっとオーストラリアらしいところを見た」と言ってる生徒もいて、それもある種の偏見だよと思ったけど、シドニー市内は、それくらい日本の都会と変わらないムードです。

 私もそう思いましたね。バスから幹線道路を眺めると、日本首都圏の国道16号線あたりとそっくりな風景だなぁ~なんて思いました。まあ、日本にやってくるオーストラリア人なんかも同じこと思ってるんじゃないですか?彼らはお寺とか秋葉原とかみて、初めて日本らしいとこみた~なんて思ってるんでしょう、多分。

 しかし、最近の修学旅行ってオーストラリアですか、すごいですね。

Re: 明日から - トマス Home

2010/02/01 (Mon) 18:22:48
*.aol.com

>左側通行

イギリスって左側通行でしたっけ?
だとすると元イギリス植民地には左側通行が多いのかな?

Re: 明日から - ノンクリ

2010/02/01 (Mon) 20:53:10
*.dion.ne.jp

>イギリスって左側通行でしたっけ?
だとすると元イギリス植民地には左側通行が多いのかな?

 えーっと、私の知る限りでは香港は左側通行ですね。でも、元イギリス植民地がすべてそうか?といわれると・・・。たとえば、カナダは確か違ったと思ったし、インドはどうなんでしょ?

 蛇足ですが、私の知る限り香港人って中国に返還された今も「中国人」って意識薄いですよね。本土の中国人も香港は外国みたいに思ってるし(ついでにいうと台湾も)・・。

Re: 明日から 牧師 Home

2010/02/02 (Tue) 01:05:04
*.infoweb.ne.jp

アメリカも、もとイギリスの植民地ですが、右側通行です。
車がどうこうというのは、もちろん自分が運転する人間なので、はっきり言って、左ハンドルで右通行と言うのはコワいというのはありますが、歩行者として町を歩いていても、どうしても右側を先に見て横断しようとすると左から来た車にひかれそうになるとか、バスに乗ろうとして、いつも反対車線側に行ってしまい、気づいてから慌てて対岸に渡らないといけないとか、想像以上に違和感きついんです。

その点、シドニーなんかは、人と話をせずに町中を歩いているぶんには、大阪の町を歩いてるのとさほど変わらないです。

2月のテーマ 牧師 Home

2010/01/31 (Sun) 22:43:08
*.infoweb.ne.jp

帰ってまいりました。
「みんたた」2月のテーマ、何にいたしましょう。
もし特別なリクエストがなければ、創世記1章6節以降、または2章あたりからやってみましょうか。
前から順序よくやっていけば、それなりに注解書のような役目を果たすのではないかと。←妄想?

Re: 2月のテーマ - トマス Home

2010/02/01 (Mon) 18:26:42
*.aol.com

お帰りなさいませ。

私は今のところ特にリクエスト無いです。
創世記の続き(6節でも2章でも)OKです。

>妄想?
100年位掛かるのでは?

Re: 2月のテーマ - ノンクリ

2010/02/01 (Mon) 21:41:50
*.dion.ne.jp

 スレの趣旨からずれていたなら、すみませんとしか言えませんが・・。

 創世記でしたら、最近、個人的に興味あるのは11章のバベルの塔の話でして。ここ数年来の世界的なバブル景気とその崩壊、特にドバイの状況とその象徴ともいうべき世界一の高層ビル「ブルジュ・ハリファ」なんかをみるにつけ、あれは何かしらの史実を物語っているのではないか?と。ドバイも中東だし・・(強引?)

 ドバイといえばリーマン・ショック以前は世界中の投機マネーが集まり、夢を求めて労働者が殺到した街ですが、リーマンショックとともにあっけなく、景気後退。支払いが滞り工事の止まった建設現場があちこち続出。

 今年、1月4日に資金難から予定より1年以上も遅れて、世界一の超高層ビル「ブルジュ・ハリファ」(高さ800m!)がオープンしたものの、当初予定の価格では入居者、買い手がつかず、すでに中国資本が当初予定の半値で買いあさっている、という有様。まさに、「バベルの塔」ならぬ「バブルの塔」。さらに、もしも資金難により手抜き工事、保守不足による劣化などがあったら、旧約の「バベルの塔」そのまんまになりかねないよなぁ。
 旧約聖書の時代にもこれに類する実話があったのかなぁ?なんて愚考したものでした。

 いえ、もちろん牧師さんの予定通りの「みんたた」でも全然かまいませんが・・。
 

Re: 2月のテーマ 牧師 Home

2010/02/02 (Tue) 01:00:08
*.infoweb.ne.jp

了解しました。では、バベルの塔にしましょう。

別にぼくが予定をきちんと考えているわけではないですよ。

みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 牧師 Home

2010/01/09 (Sat) 00:00:25
*.infoweb.ne.jp

では、2010年最初の「みんたた」は創世記1章1~5節としたいと思います。とりあえず新共同訳の本文をここに出しておきます。

1 初めに、神は天地を創造された。
2 地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。
3 神は言われた。
 「光あれ」
 こうして、光があった。
4 神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、
5 光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。

はい、では皆さん、ご自由にご意見をお寄せください。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 - トマス

2010/01/09 (Sat) 00:31:52
*.aol.com

最初に光と闇が分けられたというのがなかなか意味深かもしれませんね。

ところで、光と闇を分けたのだけど、夕べから一日が始まったのでしょうか?(みなさん御存知と思いますけど、ユダヤ暦では1日は日没から始まりますよね)つまり、もともと闇があったところに光りあれと言って光が出来たのだけど、光が出来たところからは1日は始まっていないのですよね。むしろ1日が始まってから光が作られた。
いや、5節の言葉の順番が微妙に引っ掛かっているのです。拘るほどのことではないのかもしれないですけど。

はじめまして 爽歌-Sayaka

2010/01/09 (Sat) 01:14:30
*.docomo.ne.jp

四年間くらいからこちらを覗いている爽歌といいます。
受洗の学びをしているときにたまたまこちらを発見しました。
下世話なQ&Aに励まされました。
教団北海教区の社会派・メソジスト寄りの教会で受洗しました。


>1 初めに、神は天地を創造された。
>2 地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。

神は混沌を創造し、それから天地を分けたんでしょうか。
神よりも先に混沌があり、それを天地に分けたんでしょうか。
ユダヤ人はどのように考えていたんでしょうか。

人間の考え方からすると…カオスなんて造らずにいっぺんに天地をつくってしまえばいいのに、と思ってしまいます(笑)

古事記の天地初発はこうなっています - 入谷

2010/01/09 (Sat) 18:58:54
*.cyberhome.ne.jp

<quote>
天地(あめつち)初めて発(ひら)けし時、高天原(たかあまはら)に成れる神の名は、天之御中主神。次に高御産巣日神。次に神産巣日神。此の三柱の神は、並独神と成りまして、身を隠したまひき。
 次に国稚く浮きし脂の如くして、久羅下那州多陀用弊流時、葦牙の如く萌え騰る物に因りて成れる神の名は、宇摩志阿斯訶備比古遅神。次に天之常立神。此の二柱の神も亦、独神と成りまして、身を隠したまひき。
</quote>

神々が生まれる以前に世界は存在し、時間は流れていた。
とすれば、神々が去った後も、世界は存在し続け、時間は流れ続けるだろうと、いう世界像でしょうか。

他方、創世記では、神が「光を昼と呼び、闇を夜と呼」んで、昼夜が交代し始めて、はじめて時が流れ始めた。
始まりがあるのであれば、終りもあるだろう、そしてそれは、神の意思によって来たらされるものだろう、というストーリーになるかなと。

私は、こういう世界像の違いが、人間の倫理意識の違いに対応するとは思っていないのですが、どんなものでしょうか。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 - トマス

2010/01/09 (Sat) 23:44:18
*.aol.com

爽歌-Sayakaさん、はじめまして。これからもよろしくです。

>カオスなんて造らずにいっぺんに天地をつくってしまえばいいのに
そうなんですよね。ホント何考えているんだか。
我々俗人の理解を超える御方ですね。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 牧師 Home

2010/01/10 (Sun) 10:29:32
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爽歌-Sayakaさん、初めまして、これからもよろしくお願い致します。

まず夕べから一日が始まり、昼が後なんだ、ということで、なぜユダヤ教の時間感覚かするとそうなるのか、実際のところ私もよく知らないです。
ただ、ある師匠によると、「まず神の創造、神の癒し(再創造:recreation)の時があり、その恵みによって人間は生きるものなのである、という解釈があるそうです。

古事記の神話の場合、人格神というのは、自然現象や山や、川や、樹木など、非人格的なもののほうが先行するのかもしれませんね。
人間のような人格的な存在のほうがあとで、しかも神々も人間と隣り合わせですよね。
このあたり、ギリシャ神話などとは共通点があるのではないでしょうか。
これに対して、ヘブライ人の神話では、あくまで人格神の第一声が先行するというわけですね。

カオスなんて造らずに……というのは、本当にそうですね(笑)。
でも、カオス的なものも時には必要ではないでしょうか。
「ご破算で、願いましては……」という「ご破算」がないと、何もかも秩序づけられて煮詰まってしまうと、どうにも息苦しくなりますので、時には破壊と再創造が必要なのではないでしょうか。
まず、カオスがあるというのは、じっさいの社会の状態や、個人の意識がそうだと思うんです。
そこから、人格が秩序を作ってゆく。
しかし、煮詰まったところでご破算です。そして再創造。
ノアの洪水の物語は、この破壊と再創造ととらえることはできないでしょうか。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 - ぢょおう

2010/01/10 (Sun) 18:42:21
*.infoweb.ne.jp

「最初に造った天地」が暗く混沌だったということは
・・・微妙に失敗作?

光あれ、それと対する闇もあれ   だったら
もうちょっと過ごしやすい世の中でしたかも?

神が先に闇を作ったから世の中パッとしないのか、
単に神がコントロールしない場所で人間という種が暴走しているのか。

それとも、悪いこと(暗)をしていても、その後に光を作ってくれたからこそ
人は救われるのでございましょうか?

「ご破算で、願」えれば、どれほど幸せなことでしょう - 入谷

2010/01/10 (Sun) 19:20:53
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洪水の後、どこかで Jahve 君は、二度と「ご破算」はしないと述べていたような記憶があります。ゲームのようにリセットのきく世界のむなしさを、悟ったからなのかなと思っていました。

人生をリセットすることはできないし、してはいけないことだ、というのが旧約聖書の考え方の特徴の一つだと感じています。
犯した罪は購いようがないのであれば、罪を犯すことがないよう自分の人生を厳しく管理していくべきであると。

免罪符なんてぇのを持ち出した時点で、南欧のカトリック教徒はこの陰鬱な世界観を放棄したようで、すこぶる共感できるのですが、他方、それを文字通りに取ったピュ-リタンへの共感 (大好きなホーソンの「緋文字」のことを考えています) も禁じ兼ねない私であります。

そうですね。ご破算したいです。 牧師 Home

2010/01/11 (Mon) 00:28:55
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そうですね……ぼくの頭の中では、「ご破算なんてできるわけがないでしょう」という考えと、「いやご破算が許されているはずだよ」という考えが交錯しています。

世の中の全てはリセットするわけにはいかないですが、しかし、自分の本でも書いたように「やりなおし」はあって欲しいものだと思うのです。
ルカ福音書の放蕩息子のたとえ話のように、人生に失敗した人が帰ってきて、やりなおしを許してもらう、という意味でのご破算はあってほしいものだと思うのです。

リセットはできない。
けれども、朝の来ない夜はない。
新しい朝、やりなおす事は許されているのではないだろうか。
そんなことを思います。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 - 毛利

2010/01/11 (Mon) 22:08:28
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> 4 神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、

せっかく昼間を作ったのに、どうしてわざわざ闇(夜)を作ったのでしょうか。

一日中昼間だったら、人間は一日中働いてしまうから、という親心なのでしょうか。でも、光と闇を分けた時点では人間そのものが存在していなかった訳で・・・。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 牧師 Home

2010/01/12 (Tue) 21:21:34
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まあ、物語の成り立ちとしては、まず実際に夜と昼があって、それの説明として神がそういう風に作ったんだよ、という物語が作られるので……現実にそうだから、としか言えないんじゃないかな、と思うんですが、それではあまりに味気ないでしょうか?

今回の「いたはる」というメッセージのなかでも取り上げましたが、確かに創世記では、労働というのは、ネガティブな捉え方をされているとは言えますが。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 - 毛利

2010/01/13 (Wed) 00:22:32
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労使は昔の人にとっても「きつく辛いこと」だったとは思いますが、狩猟をして毎日を何とか生き延びてきたところを、村を作り、動物を飼育し、田畑を耕作することによって改善させたのが労使ですから、今日の労働者とどちらが精神的に満足していたのか、というところには疑問があります。別に彼らは仕事を罰とは思っておらず、ただ「とにかく苦労をした」のだと思うのです。

そして「いたはる」に登場した聖書箇所は、むしろ現代人にこそ相応しいことだと思います。仕事は罰なのです。神が人の裏切りに対して与えた罰なのだ、という方向で考えた方が私にはしっくりします。罰だから誰も読まない資料を黙々と作ったり、出来レースなのに形式的な会議をしたり、誰にも喜ばれない製品を開発したり・・・。これは罰を与えられたから仕方なくやるものなのだ、そう考えた方が納得できるのですが。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 - トマス

2010/01/13 (Wed) 20:35:38
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労働と言えば、エジプトで面白いモノが見つかったそうじゃないですか。ピラミッドを作った労働者のものらしい墓が出たとか。奴隷が作っていたわけではないんだ、というようなことを発掘した学者たちが言っているようですね。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 牧師 Home

2010/01/13 (Wed) 21:26:17
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>毛利さん

農業が主要な食料生産手段にした時点から、食料の備蓄が可能になり、その結果、貧富の差が生じるようになり、身分の違いが発生していった、という話を聞いたことがあります。
食料の備蓄が可能になると、貧富の差ができる、というところが、ちょっとよくわからなくて、社会科の先生に聞かないといけませんが。トマスさんが詳しいんじゃないかな……。
身分の違いが出てくると、労働を搾取するということが発生します。
そうなると、単に「とにかく苦労した」だけではなく、「あいつらの食い扶持のために、自分たちは働かされている」という被害者意識が生まれます。
昔の人のほうが、今の人よりよかった、ということは言えないのではないかと思います。

まあ、しかし、私も最初学校の先生になった時は、あまりにも辛いことが多くて、「俺は罰を受けたんだ」と思っていました。自分がこんな仕事をしなければならないのは、罰なんだ」という気持ちは実体験としてわかるような気がします。

>トマスさん

エジプトでピラミッドなどを作っていたのは、奴隷ではなかったというのは、早稲田の吉村作治さんが随分前から言ってました。
特に、ああいう建築労働は、雇用創出の意味もあったんだそうですね。
ビール飲んで楽しくやってたみたいだ、という遺跡もあるそうですよ。

で、そうなると、困るのがモーセの物語ですよね。
これまではヘブライ人はエジプト人のもとで差別と奴隷労働によって痛めつけられていた、というのが出エジプト記の前提になっていますから。
そんなに苦しくなかったみたいだよ。じゃあ、なぜモーセたちはヤハウエ様と一緒に、あそこまでファラオと戦ったんだろう?
ということになるのですが……。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 - 毛利

2010/01/13 (Wed) 21:53:32
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そうですね、搾取されるという仕組みが発生していたということが頭から抜け落ちていました。江戸時代でも、それが原因で一揆が起きていた訳ですから。

そういう搾取が、一応今の日本では無いであろうことを思えば、昔に比べて仕事をする環境は良くなったのかなと思います。

ピラミッドは奴隷が作ったのではない、という新説、これが正しいとすると、モーセの苦労は何だったのか、無理して長旅をしてきた理由は何だったのか、という辺り、不思議ですね。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 - トマス Home

2010/01/14 (Thu) 19:54:53
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>ピラミッド
吉村作治あたりが言ってましたか。そうかもしれないな。
雇用創出ということはアチコチから言われていたような気もします。そうなるとピラミッドもハコモノを作っていたわけで、現代の公共事業と変わらない気がしますね。エジプトの場合は、周辺からの流入人口(聖書に言うところの「寄留者」)も多かったでしょうから、雇用創出は治安上も重要政策だったかもしれませんね。そして治安政策という意味からは、厳しい労働の後にはビールぐらい配給しておかないとマズかったのかも。

場所は変わりますけど、大山陵古墳(仁徳陵古墳)を現代の技術で作ったら、日数、費用、労働者数、などなど全部でいくら必要か、マジメに計算したゼネコンがあるはずです。ピラミッドのはあるかな?

モーセに関しては、確かに考えないといけないかもしれないですね。でも、奴隷労働ではないにしても、けっこう大変だったんじゃないですかね。農業に比べるとやはり石が相手ですから、たとえばそれなりに命の危険があったとか。
一方で、エジプトから逃げ出した後になってイスラエルの民がモーセに向かって「エジプトでは肉鍋を食っていたのに」と文句を言うあたりはかえって説明しやすくなるのかもしれませんよ(苦笑)

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 - トマス Home

2010/01/14 (Thu) 20:21:52
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>備蓄、貧富、身分
私もその辺りはあんまり詳しくないんですけど、一応判ってる範囲で…。

狩猟採集経済に計画性がないとは言いませんが、やはり農業というのはいろんな意味で計画を立てて行う生業ですよね。つまり来年春に種をまいて夏に育てて来年秋に収穫することを前提に今年の秋の収穫の一部を取り分けて保存するわけです。それに地域と作物と農業のタイプによりますけど、土地だけではなくて水の管理もしなければならない。水路を作ったり維持したりしなきゃいけない。共同労働も必要になるでしょうし、経験の蓄積も狩猟採集経済よりもはるかに高度なものが要求される(牧畜も同じとは思いますが)。

そうするとやはり村のリーダーが必要になってくる。あるいは祭祀や祭司が必要になってくる。え~と、ここからはどうなるかな?ちょっと難しいです。

備蓄の方はですね、備蓄が可能なほどに生産力が上がってくると(生産余力が出来ると言ってもいいですが)生産に従事しないで飯を食う人間を養うことが出来るようになりますよね。そこで祭司やリーダーが専業化していくというのはあると思います。そのポジションが世代を超えて継承されるようになると身分になっていくのかな?

備蓄と貧富ですか。これは同じ村の中でのことにしろ、別の村との関わりにしろ、様々な条件の結果として(秋の収穫を)翌春の段階で種蒔きに必要な分プラスいくらか残せた人と、ギリギリの人と、種蒔きにすら不足する人とがいたら、そこで貧富の差が発生するような気がします。
その意味で農業の発生と食糧備蓄と貧富の差の発生は繋がっているような気はしますね。言い換えると、備蓄が全く出来ないような生産余力のない状態だと富める者が発生する余力もない、ということでしょうか。

説明になったかどうか、けっこうアヤシイですが。

そうか、備蓄が出来ると、手っ取り早く(あるいは食うに困って)それを奪おうとするヤカラも出てくるわけで、その辺が戦争の始まりなんですかね。戦争となると農業とは別の意味でリーダーの必要性が高まりますよね。戦争が専業化するのは随分と後になると思いますが。


ちょと追加しますけど、上のように考えるならば、貧富の差の最初の発生というのは多分に偶然の要素が大きかったような気がします。つまり、才能とか適性とか賢さとか体力とかではなかった、と。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 牧師 Home

2010/01/15 (Fri) 00:53:48
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うんうん、面白いですね、トマスさん。そういう解説を期待してました。

しかし、創世記1章からは大きくかけ離れてしまいましたね(笑)。
いや、別にいいんですよ。こんな調子でいきましょう。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 - トマス Home

2010/01/17 (Sun) 20:48:10
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創世記1章をにまつわる小ネタを。

この創世記冒頭部分というのは、アポロ8号のクルーが月軌道上から全世界に向かって読み上げた箇所として有名ですよね。たしか天地創造第2日の最後まで読んでいると思いますが。

でもって、後日これが問題になるのですよね。政府機関であるNASAに所属する宇宙船から聖書を読んでクリスマスを祝うメッセージを送るのは政教分離に反するというクレームが付きました。たしかにアメリカの納税者はキリスト教徒ばかりじゃないからなぁ。クルーはキリスト教徒だったはずですが。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 - トマス Home

2010/01/19 (Tue) 21:23:46
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>夕方から始まる1日
それ自体はさほど判りにくくないように思います。イスラム暦を見るとすごくハッキリすることですが、太陰暦というのはやはり新月が見えたかどうかで暦の上でも新月となるわけでして、そうすると毎月の1日の始まりも夕方からにした方が収まりがよいですよね。

日本の旧暦はどうなのかな?日の出と共に1日が始まるのかな?ちょっと調べてみないとわかりませんが、旧暦の場合は太陰太陽暦ですから、夕方から1日が始まる必要は無いように思います。

実は私が最初に引っ掛かっていたのは、「光あれ」の前に第1日が始まっているとしたら、闇が先にあったわけで、そうすると日没から1日が始まるのとは符合するのですが。
むしろ5節そのものですね。
と思って気になっていたのですが、この5節の書き方ってヘブル語特有の冗長表現とかいうヤツなんですかね。そう考えるとスジが通るのかな?

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 - エレンタール

2010/01/22 (Fri) 22:29:30
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>農業が主要な食料生産手段にした時点から、食料の備蓄が可能になり、その結果、貧富の差が生じるようになり、身分の違いが発生していった、という話を聞いたことがあります

狩猟採集でも、貧富の差がまったくないわけではないです。
特に豊かな環境で、獲物や果実の多いところだと、集団の人口も、収穫も多くなり、貧富の差や戦争が普通に出てきます。
無論、人間の社会が恒常的かつ大々的にそうなったのは農耕以後ですが。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 牧師 Home

2010/01/23 (Sat) 17:42:13
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なるほど、いずれにしろ、人間社会は不平等を生む宿命にあったということでしょうか。

授業の関係で、少し日本の神話を調べる機会があったのですが、現状の社会を追認し、権力者の都合を正当化するために神話は作られた、という印象を持ちました。
天皇による全国支配を正当化するために日本神話が作られた同様に、祭司階級による貧農支配を正当化するために創世記は書かれたのかな、という気がしてきました。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 - トマス Home

2010/01/24 (Sun) 15:39:10
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>狩猟採集経済
の場合に限りませんが、結局は生産力が人口増加の上限を決めているというのが(衛生関係の技術が発達する)近代よりも以前の姿ですね。譬えは悪いですが、都市部でカラスやハトが増えて困っているのは結局人間が出しているゴミがエサになっているからであって、カラスを減らしたかったら生ゴミを減らせ。というのと(動物学的には)同じレベルのことと言っていいでしょう。

>権力の正当化
支配を正当化するというのはあるでしょうね。というか、権力というものがある程度出来上がった段階で、権力の権威付けとして、つまり「おまえたちを支配している王家の歴史は古いんだぞ」と言いたいために神話が編纂されたということはあると思います。古事記の編纂は大和王権が確立した頃ですし、創世記も王国時代の編纂でしたよね。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 hotaro

2010/01/25 (Mon) 08:45:45
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創世記の伝承は、それまでの世界の諸神話の集大成とでもいえるものだ。混沌の周辺を神の霊が漂う、という描写を、気功の先生は、生命のエネルギーである「気」が万物の内外を廻る表現であるという。
長野県の野尻湖周辺には、日本列島が大陸と地続きだったころに、ナウマン象などといっしょに大陸から渡ってきた縄文時代人が住んでいた遺跡がある。あの一帯は、弥生時代まで、何度か陸地になったり海になったりしているから、古代人は、海が陸地になって、そこに動植物が上陸するさまを見ていたに違いない。そういう経験から、これらの伝承は生まれたものと思われる。こういう創世記の記事を読むと、キリスト教とイスラム教の争いなどは、もっとずっと後代の子孫のいがみ合いであることが感じられる。今年こそ、真の和解と平和を真剣に求めたい。今年も、よろしくお願いします。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 牧師 Home

2010/01/31 (Sun) 23:04:01
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まず神は天と地をつくった。それから光と闇を分けた。
最初から、二元論的な思考が持ち込まれていますね。
このあと、神は昼と夜を分け、天の上の水と下の水を分け、陸と海を分け、そこで様々な生物を作りますが、人間を男女に分けて作ります。
このような二元論的思考が、他にも何か波及効果を及ぼしているということはないでしょうか。

それから、こういう2種類の解釈を聴いたことがあります。
(1)神は光と闇の両方を最初から作られたのだから、光も闇も神は愛しておられるのである。
(2)神は「光あれ」としか言っていない。闇は光ができたことによって現われてしまう世界のマイナス部分である。したがって闇は神の創造の御意志から外れている。
しかし、いずれの解釈にしろ、「闇」についても神の創造に責任があることは間違いないですね。意図的にであれ、結果論であれ、闇が生まれる原因を作ったのは神だということになります。

「神の霊が動いていた」という時の「霊」は、みなさんご存知のとおり、「風」でもあり、「息」でもあります。ルーアッハという単語です。
深淵の表面をびゅうびゅう風が吹いていたというイメージです。
混沌の「周辺」ではありません。「面」というのは「顔」という意味の単語(ペネー)です。嵐というイメージです。
つまり、風が吹いて水が荒れていて、あらゆるものを呑み込んでしまう嵐の様子がメタファーとして用いられているのです。

あと、古代人が海が陸地になり、動植物が上陸する様を見ていた、というのは私には理解しにくいです。
そういう生命史的な出来事は、何万年、何億年とかかって起こっていったことでしょうから、それを目撃するというのは、かなり不可能に近かったでしょうし、歴史を事実のままに記録するという文化もなかったでしょうから、なおさらのことではないかと思います。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 - 毛利

2010/02/01 (Mon) 08:06:43
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> このような二元論的思考が、他にも何か波及効果を及ぼしているということはないでしょうか。

2次元という訳ではなくて、むしろ創世記における人類誕生のプロセスを通して思うことなのですが「まず明確な定義があって、その定義をベースに証明を開始する」という数学の手法が、数学の世界では当たり前のように展開されていますが、これは創世記の「まず○○があって、次に△△が出来て」という流れの基になっているのではないかと思うことがあります。こうした数学的な思考はヨーロッパから始まっています。

始点を明確にする、ということはとても大事なことだと思いますが、始点には触れずに「何となくなし崩し的に、暗黙の了解のような感じで話を進めていく」日本人が多いと思うのは(私の偏見かもしれません)日本人には「初めに始点がある」という発想が乏しいからではないかと思います。

こじつけかもしれません。

Re: みんたた1月のテーマ:天地創造第1日 - トマス Home

2010/02/01 (Mon) 18:20:33
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>数学と創世記
数学(特に幾何学)は創世記に触れるより以前のギリシャで始まっていると思いますから、直接の関係はないと思いますから、むしろ両方に共通する起源を探した方が面白いかもしれませんね。とはいえ、数学と創世記というある意味で似たような思考回路を持つものが出会った後のヨーロッパというのがロジックに偏って進化していくというのは大いにあるでしょうねぇ。


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